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2007.02.21 Wednesday
別居をはじめて
僕の両親の実家から別居をはじめて4、5ヶ月経ちます。
別居は正解だったと思います。
父と祖母と衝突ばかりしていて、子供たちにもいい影響がないと思っていました。
兄たちにも別居した方がいいと言われていた事もありました。
実際距離を開けて暮らす事で冷静になれました。
突然、無理難題で電話してくる父には困り果てる事は相変わらずですが、それでも距離を開ける事で冷静に父を見る事ができます。
脳梗塞の後遺症(知的障害)を残す父と、祖母の面倒を看ている母には申し訳ないけれど。
たまに子供たちを連れて実家に遊びに行くとみんな笑顔で迎え入れてくれるので、それはそれで安心です。
僕はあくまで三男であり、長男が最後には両親の面倒を見るカッコいい事を言っていますが・・・・
別居は正解だったと思います。
父と祖母と衝突ばかりしていて、子供たちにもいい影響がないと思っていました。
兄たちにも別居した方がいいと言われていた事もありました。
実際距離を開けて暮らす事で冷静になれました。
突然、無理難題で電話してくる父には困り果てる事は相変わらずですが、それでも距離を開ける事で冷静に父を見る事ができます。
脳梗塞の後遺症(知的障害)を残す父と、祖母の面倒を看ている母には申し訳ないけれど。
たまに子供たちを連れて実家に遊びに行くとみんな笑顔で迎え入れてくれるので、それはそれで安心です。
僕はあくまで三男であり、長男が最後には両親の面倒を見るカッコいい事を言っていますが・・・・
2006.12.09 Saturday
僕の家族
今日は僕の生まれ育った家族の環境を紹介しようと思います。
僕が生まれたのが昭和48年です。
第二次ベビーブームの世代で、オイルショックなどがあったころだと思う。
ピンクレディーの全盛時代かな。
そんな情報をテレビで見たことがある。
僕には歳のはなれた兄が二人います。
僕は三人兄弟の末っ子として生まれました。
子供の頃は6人家族でした。
父、母、祖母、長男、次男、僕の6人家族でした。
祖母は母方の祖母で、父は養子でしたが家で一番威張っていたと思います。
いま、実家にいるのは父と母と祖母だけです。10月末まで今の僕の家族(妻、長女、長男、乳幼児(次女)が一緒に実家で暮らしていました。
家族の仲はいいのだと思う。
悪いのと比べれば。
長男は父と同じ市内で暮らしてる。
次男は遠く離れた町で暮らしています。
僕も引っ越したとはいえ、父と同じ市内で暮らしています。
みんないろんな都合やいろんな生活があるので大変みたい。
次男はJRで乗り継いでも4,5時間以上かかるところに住んでいるので盆と正月ぐらいしか帰ってこれない。
長男は同じ市内に住んでいるけれど、ほとんど実家には顔を出さないでいる。
仕事が忙しいそうだ。
僕も兄も実家まで車で30分ぐらいはかかるところに住んでいるので、往復する時間だけで1時間がかかるわけです。
そう簡単には足は運べないのだけど。
意外とバラバラな家族だったりするだろうか。
実家を離れて今僕は、自分の妻と子供たち3人と暮らしている。
今まで孫3人が住んでいた実家が、年寄り3人だけになっているのでさびしいことだろうと思う。
子供たちを連れて行くとそれは両親も子供たちも喜びます。
それはいいです。
しかし、それ以外にも今のところやむを得ず毎週、なんだかんだと実家の手伝いで足を運んでいるのだが、それもいい加減終わらせたいと思っている。
こちらの都合も聞かずに相変わらず「今すぐ来い」「明日休みだろ」と呼びつけられるのに辟易している。
今週中もパソコンの調子が悪いと勤務中に散々電話してくるので、会社が終わってから急いで帰宅して、今住んでいる家から車で実家へ行ってきた。
脳梗塞という病気のために自己中心的になっている。
それはもう理解している。
病気のために自分の思い通りにならなければ「すぐ大声で切れる」ということも分かる。
どうにかしてそんな父を怒らさずにコントロールすることが急務だ。
実家にいる間はそれができなかった。そんな余裕もなかった。
今朝も「ソファーの移動の手伝い」の相談の電話が来た。
業者に頼むと処分に5000円かかる。市なら処分代1000円と安いけど、家の前に運ばなくてはいけないという電話でした。
運ぶためだけに実家へ行くの迷惑なので、5000円出しても業者に頼んでといったが最後、大声で怒鳴られた。
僕はすぐ電話を切って無視をしましたが・・・
今日は朝から休日出勤で仕事です。
今は少し時間が空いたので休んでいたブログをちょっと書いてるという、そんな状況です。
プライドが高いがわけの悪い人間をコントロールする試練だと思ってもう少しがんばるしかないかな。自分の父を悪くは言いたくないが、自分の身の回りの家族(特に母)にどれだけの迷惑をかけているのか、早く理解してほしい。
僕が生まれた頃
僕が生まれたのが昭和48年です。
第二次ベビーブームの世代で、オイルショックなどがあったころだと思う。
ピンクレディーの全盛時代かな。
そんな情報をテレビで見たことがある。
僕には歳のはなれた兄が二人います。
僕は三人兄弟の末っ子として生まれました。
子供の頃は6人家族でした。
父、母、祖母、長男、次男、僕の6人家族でした。
祖母は母方の祖母で、父は養子でしたが家で一番威張っていたと思います。
いま、実家にいるのは父と母と祖母だけです。10月末まで今の僕の家族(妻、長女、長男、乳幼児(次女)が一緒に実家で暮らしていました。
家族の仲はいいのだろうか
家族の仲はいいのだと思う。
悪いのと比べれば。
長男は父と同じ市内で暮らしてる。
次男は遠く離れた町で暮らしています。
僕も引っ越したとはいえ、父と同じ市内で暮らしています。
みんないろんな都合やいろんな生活があるので大変みたい。
次男はJRで乗り継いでも4,5時間以上かかるところに住んでいるので盆と正月ぐらいしか帰ってこれない。
長男は同じ市内に住んでいるけれど、ほとんど実家には顔を出さないでいる。
仕事が忙しいそうだ。
僕も兄も実家まで車で30分ぐらいはかかるところに住んでいるので、往復する時間だけで1時間がかかるわけです。
そう簡単には足は運べないのだけど。
意外とバラバラな家族だったりするだろうか。
実家を離れて
実家を離れて今僕は、自分の妻と子供たち3人と暮らしている。
今まで孫3人が住んでいた実家が、年寄り3人だけになっているのでさびしいことだろうと思う。
子供たちを連れて行くとそれは両親も子供たちも喜びます。
それはいいです。
しかし、それ以外にも今のところやむを得ず毎週、なんだかんだと実家の手伝いで足を運んでいるのだが、それもいい加減終わらせたいと思っている。
こちらの都合も聞かずに相変わらず「今すぐ来い」「明日休みだろ」と呼びつけられるのに辟易している。
今週中もパソコンの調子が悪いと勤務中に散々電話してくるので、会社が終わってから急いで帰宅して、今住んでいる家から車で実家へ行ってきた。
病気だから仕方がないのか
脳梗塞という病気のために自己中心的になっている。
それはもう理解している。
病気のために自分の思い通りにならなければ「すぐ大声で切れる」ということも分かる。
どうにかしてそんな父を怒らさずにコントロールすることが急務だ。
実家にいる間はそれができなかった。そんな余裕もなかった。
今朝も「ソファーの移動の手伝い」の相談の電話が来た。
業者に頼むと処分に5000円かかる。市なら処分代1000円と安いけど、家の前に運ばなくてはいけないという電話でした。
運ぶためだけに実家へ行くの迷惑なので、5000円出しても業者に頼んでといったが最後、大声で怒鳴られた。
僕はすぐ電話を切って無視をしましたが・・・
今日は朝から休日出勤で仕事です。
今は少し時間が空いたので休んでいたブログをちょっと書いてるという、そんな状況です。
プライドが高いがわけの悪い人間をコントロールする試練だと思ってもう少しがんばるしかないかな。自分の父を悪くは言いたくないが、自分の身の回りの家族(特に母)にどれだけの迷惑をかけているのか、早く理解してほしい。
2006.12.06 Wednesday
ブログ再開とお詫び
こんにちはmiyakawaです。
お久しぶりです。
11月の頭には再開するといいながら、12月になってしまいました。
生活環境の変化もさることながら、実にいろんな1ヶ月でした。
10月末に予定通り引っ越しをしました。
光ファイバーの回線が業者と管理会社のトラブルで1週間延期になりました。
11月2日に光回線開通予定が、11月10日になりました。
そして、とき同じくして11月4日に私の愛用PowerBookが壊れました。
1週間ちょっとで新型MacBookが届いたのですが、初期不良ですぐに修理に出したのですが、カスタマーがあまりにも手際が悪く今だ修理から帰って来ていません。
修理に出してもう2週間以上が経ちました。
明日か、あさってには帰って来るようです。
そろそろ落ち着いてブログの更新ができるようになると思います。
年末は忘年会の幹事などもあって忙しいですが、がんばってブログを再開させます。
どうぞよろしく御願い致します。
お久しぶりです。
11月の頭には再開するといいながら、12月になってしまいました。
生活環境の変化もさることながら、実にいろんな1ヶ月でした。
10月末に予定通り引っ越しをしました。
光ファイバーの回線が業者と管理会社のトラブルで1週間延期になりました。
11月2日に光回線開通予定が、11月10日になりました。
そして、とき同じくして11月4日に私の愛用PowerBookが壊れました。
1週間ちょっとで新型MacBookが届いたのですが、初期不良ですぐに修理に出したのですが、カスタマーがあまりにも手際が悪く今だ修理から帰って来ていません。
修理に出してもう2週間以上が経ちました。
明日か、あさってには帰って来るようです。
そろそろ落ち着いてブログの更新ができるようになると思います。
年末は忘年会の幹事などもあって忙しいですが、がんばってブログを再開させます。
どうぞよろしく御願い致します。
2006.08.19 Saturday
第5話 入院生活2
薬が飲めない
入院中の父には毎食後薬が出されます。粉薬やカプセル状の薬など様々です。
見ているとそれだけでおなかがふくれるのでは? という量でした。
食事が開始された当初は普通のモノが食べられないので、子供の離乳食のようにドロッとしたものでした。噛まなくても食べられるようにという配慮でしょう。
また、普通の食事では肺に食べ物が入って後エン性肺炎になる恐れがあったのも事実です。
しかし、左半身が麻痺した父は薬を飲むにも一苦労でした。
というか、「薬が飲み込めない」です。
薬への配慮
薬を摂り始めた頃はリハビリの先生が一緒に面倒を見てくれていました。
リハビリの担当医が薬を飲ませてくれます。
飲ませてくれているのですが、いっこうに薬が喉を通らないでいました。
水では薬を飲ませてくれないのです。
通常の水では肺に水が流れて、肺炎になる恐れがあるためです。
水の代わりにドロッとした液体と一緒に薬を飲まされていたのです。
これがもう見ていても辛そうでした。
ただでさえ身体が麻痺していて、水も飲めないのに飲み慣れない液体と薬を一緒に飲むというのは・・・
病気になって生き残った訳ですから、今後生きて行く上では必要な試練だったのでしょうが・・・・
薬への配慮2
リハビリ担当医がついてい食事をしてくれている間は気づかなかったのですが、一人で薬を飲む事は左半身麻痺していた父には不可能だということが分かりました。
理由はいろいろありますが、だいたい次の通りです。
- 粉薬の袋を破れない
- 口に粉薬を入れられない(感覚がない)
- 錠剤も取り出せない
- 錠剤でさえ満足に口に入れられない
こんな状態でした。
食事の際の担当医が外れてからは、家族がその世話をすることになりました。
看護婦にお願いしていても、世話をしてくれる看護婦とそうでない看護婦がいるわけです。
朝は、7時30分頃には食事が用意されるので7時過ぎには僕がよく薬の世話、入れ歯の世話を行うために病院へ行ったものです(7時過ぎには来いというのです。病気になると人の迷惑を考えなくなります)。
昼と夕飯は母が1日ずっと病院につきっきりで世話をしていました。
生活習慣病
高血圧、脳梗塞は生活習慣病と言われています。
生活習慣の悪さ、自己管理の悪さで生じる病気と言うことです。
自己管理が出来ない事で起きた病気で家族を苦しめているという事実がここにあるわけです。
2006.08.02 Wednesday
過ちは他人の過ち
脳梗塞の後遺症の現れ方は人それぞれです。
また、経過した期間や生活習慣など環境によって後遺症の進行具合も変わるのでしょう。
10人患者がいたら10人ともが脳梗塞の後遺症の程度は違います。
この事をふまえて今日の話を読んで下さい。
今日帰宅した時間は19時20分でした。普段はみんな食事が終わっている時間なのにまだ、食事の真っ最中。
迎えに玄関に飛び出して来た小学2年生の娘が「パパおかえりー♪」と飛び出してきたと思ったら、「あー、おじいちゃんの鞄あったよー」と、また食堂に舞い戻って行きました。
???何の事だか分からない私に妻が「実は今日、この鞄のことで警察まで行って来たんです(義父と義母が)」と。
話を結論から話すと「現金6万2千円の入ったバッグを車から盗まれたと思って、警察へ盗難届を出しに行った。が、バッグは玄関の鳥の安物の剥製(はくせい)の横にあった。見つかってよかったね」という話です。
もう、こんな事が日常茶飯事です。「ケータイが無くなった」「財布がなくなった」「充電コードが無くなった」などです。
そして、今回は外出先の車に置いてあった現金入りバッグが車から盗難された(実際には家においてあった)という勘違いに家族がみんな振り回されたという話です。
家族を振り回している当人は自分を常に正当化するため、注意を促すと騒ぎ出します。「ワシを馬鹿にするな!!」と怒鳴り散らすのです。そのときの表情や雰囲気はまさに「威嚇する動物」のようです。
おそらく警察に届けに行ったときに警察官にも食って掛かって説明していたことでしょう。
警察官は父に「紛失届として提出しましょう」と提案したようです。
警察官がそのように提案したのには次のような理由があります。
警察官の話が理屈にあっています。
私の父は脳梗塞になり、短気に輪がかかりました。
判断能力が低下しています。
状況説明をして、理論的な説明をしても自分の考えが間違っていることを絶対に認めません。
簡単に言えば自分の非を認めなくなりました。
私も人間ですから感情的な父に対しては、自分も感情的になってしまいます。最近ではやっと顔では笑いながら落ち着いて会話できるようになりましたが、腹の底では煮えくり返ってます(笑)
病気で適切な判断が出来なくなって来ているとはいえ、自分の父ですから尊重して尊敬する事が大切だと思います。
例えば、自分の子供が我がままな事を言い出して怒ったり、泣いたりしても親ならそれを優しく受け止めて諭してあげる事ができますよね。
父に対してもそうでありたいと思ってはいるのですが・・・
病気のせいで我がままになっていると思えば・・・・
また、経過した期間や生活習慣など環境によって後遺症の進行具合も変わるのでしょう。
10人患者がいたら10人ともが脳梗塞の後遺症の程度は違います。
この事をふまえて今日の話を読んで下さい。
帰宅
今日帰宅した時間は19時20分でした。普段はみんな食事が終わっている時間なのにまだ、食事の真っ最中。
迎えに玄関に飛び出して来た小学2年生の娘が「パパおかえりー♪」と飛び出してきたと思ったら、「あー、おじいちゃんの鞄あったよー」と、また食堂に舞い戻って行きました。
???何の事だか分からない私に妻が「実は今日、この鞄のことで警察まで行って来たんです(義父と義母が)」と。
紛失
話を結論から話すと「現金6万2千円の入ったバッグを車から盗まれたと思って、警察へ盗難届を出しに行った。が、バッグは玄関の鳥の安物の剥製(はくせい)の横にあった。見つかってよかったね」という話です。
もう、こんな事が日常茶飯事です。「ケータイが無くなった」「財布がなくなった」「充電コードが無くなった」などです。
そして、今回は外出先の車に置いてあった現金入りバッグが車から盗難された(実際には家においてあった)という勘違いに家族がみんな振り回されたという話です。
家族を振り回している当人は自分を常に正当化するため、注意を促すと騒ぎ出します。「ワシを馬鹿にするな!!」と怒鳴り散らすのです。そのときの表情や雰囲気はまさに「威嚇する動物」のようです。
交番
おそらく警察に届けに行ったときに警察官にも食って掛かって説明していたことでしょう。
警察官は父に「紛失届として提出しましょう」と提案したようです。
警察官がそのように提案したのには次のような理由があります。
- 同乗していた奥さんは鞄を車の中で目撃していない
- 車から離れた時間はわずか5分
- 車にはきず1ついていない。
- 傷つけずに5分で盗難は不可能。よって、勘違いでしょう
警察官の話が理屈にあっています。
激怒
私の父は脳梗塞になり、短気に輪がかかりました。
判断能力が低下しています。
状況説明をして、理論的な説明をしても自分の考えが間違っていることを絶対に認めません。
簡単に言えば自分の非を認めなくなりました。
私も人間ですから感情的な父に対しては、自分も感情的になってしまいます。最近ではやっと顔では笑いながら落ち着いて会話できるようになりましたが、腹の底では煮えくり返ってます(笑)
尊重
病気で適切な判断が出来なくなって来ているとはいえ、自分の父ですから尊重して尊敬する事が大切だと思います。
例えば、自分の子供が我がままな事を言い出して怒ったり、泣いたりしても親ならそれを優しく受け止めて諭してあげる事ができますよね。
父に対してもそうでありたいと思ってはいるのですが・・・
病気のせいで我がままになっていると思えば・・・・


